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コラム「一滴」 2012年3月

「3・11大震災」を忘れてはならない。1年前、大震災に遭った人たちは「一番怖いのは、人々意識の中で、震災が忘れられることだと言う」。

忘れないためにも、私達ができることは何かと自問してみることが重要だ。そんな折、高橋哲哉氏の「犠牲のシステム福島・沖縄」(集英社新書)を、新聞の紹介欄で知り、購入して読んだ。その中での印象的な文章を記す。

「福島は原発を受け入れ、その犠牲になりました。そもそも原発は犠牲のシステムなのです」「犠牲のシステムでは或る者の利益が、他のものの生活を犠牲にして生み出される。この犠牲は通常、隠されているか、共同体にとっての『尊い犠牲』として美化され、正当化されている」。

「同じようなことが沖縄の米軍基地問題でも言えます。沖縄米軍基地の加重負担という犠牲でなりたっている安全保障のシステム=日米安保体制をこれ以上続けるのかという問題です。生半可な『政権交代』くらいではビクともしない戦後日本の国家システムが原因である。米軍基地も、原発も受け入れてきた国策そのものを見直して、この国策を変えていくしか展望がない」と言う。まさにその通りだと思う。

であるならば、国策を変えるには何をすればいいか?私は次のように考える。「3・11大震災」を決して忘れないで、出来る限りの行動をすることだ。(山)




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