8月7日-9日 原水爆禁止2011年世界大会・長崎
核兵器と戦争、原発のない世界を
広島・長崎に原爆が投下されてから66年の今年、いまこそ核兵器全面禁止への扉を開こうと、原水爆禁止世界大会が長崎市で開催されました。山梨県からは43人、山梨民医連・民医労の職員と共立高看学生あわせて19人が代表団の一員として参加し、真夏の長崎で平和について、原爆と原発について学んできました。
2011年3月11日に発生した東日本大震災による原発事故の影響をうけ、奇しくも国内外の注目を集めることとなった今年の原水爆禁止世界大会。参加者は7千8百人にのぼり、会場は立ち見の人で溢れました。開会総会では、国連事務総長代理として参加したセルジオ・ドゥアルテ国連軍縮問題担当上級代表が「核兵器は国家間の疑心や不信を深め、それが拡散につながっている。みなさん方はやるべき正しいことを世界に発信している」と挨拶し、世界大会の運動を激励しました。また、田上富久長崎市長は「市民一人ひとりの力が国や世界を動かす」と参加者にエールを送りました。総会後に行われた青年のつどいでは、日本被団協の田中熙己事務局長の被爆体験を聞き、小森陽一さん(東大大学院教授)と学生3人とのパネルディスカッションで学びを深めるなど、全国から集まった若い参加者と平和への思いを交流しました。
2日目は、「被爆遺構・碑めぐり」「佐世保基地調査」などの動く分科会をはじめ18の分科会に各自で参加。参加者一人ひとりが主人公となって自由に発言・討論し、各国の政府代表や海外の参加者との交流など貴重な経験をしました。また、大会期間中に行われた民医連交流集会では、被爆者インタビューや職場9条の会設立の苦労話、ピーチャリなど各県連から反核平和の取り組みが紹介され、全国にたくさんの仲間がいることを大変心強く感じました。
3日目の閉会総会は、核兵器全面禁止のアピール国際署名の運動で巨大な波をつくりだすこと、原発からの撤退を求める運動との連携をよびかける決議、「長崎からのよびかけ」を採択しました。フィナーレでは、歌手のクミコさんが原爆症で亡くなった少女の歌「INORI~祈り」を熱唱し、感動のうちに世界大会が閉幕しました。

<参加者の感想から>
・全国各地で、さまざまな形で平和活動をしている同じ意志を持った『仲間』がたくさんいるのだと感動しました。そして、平和でこそ多くの人の命が救え、よりよい生活のための医療や介護ができると改めて感じ、医療や介護の現場から、平和を訴える声を上げることが大切であると気づきました。
・分科会で「核兵器廃絶、軍事同盟とくらし」について学びました。貧困のため病院に通えず助からなかった命も、軍事費を医療費に回せば助けられる。同じお金を使うなら人のためになるように使えば良いと思った。
・原爆や戦争を体験した人の数はどんどん減り記憶が風化しつつある今、私たちは被爆者の方々の声に耳を傾け、思いを引継ぎ、私たちの子や孫の世代へと伝え続けなければならないと思います。
・どんなによい医療を行い、病気を治し、命を救っても世界が平和でなければ無意味なものになってしまいます。戦争・核兵器をなくし、世界が平和であり続けられるよう、核兵器廃絶などの活動を行っていくことが大切です。
・今回の経験を単発のものにせず、この3日間で得たものを咀嚼(そしゃく)して自分のものとし、その上で自分にできること、あるいは自分がやりたいと思うことを模索し、何かしらのアクションを起こすことが大事だと感じました。
・大会に参加するにあたり、職場や地域の方々から、カンパや折り鶴で多くの協力をいただきました。この大会で学んだことをいつまでも忘れずに、これからも『平和』について考え、活動をしていきたいと思います。

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