ドクターズウォーク2500人
医療制度の病を治す
全国医師ユニオンの植山直人代表や埼玉済生会栗橋病院の本田宏副院長などの呼びかけで、医師と歯科医師が立ち上がり医療再生を目指す国民的な行動にしようと、11月20日、日比谷野外音楽堂にて「ドクターズウォーク」が開催されました。全国から医師をはじめとする医療スタッフ2,500人、山梨からは、医師・歯科医師、医療系学生など総勢32人が参加しました。
1961 年、国民皆保険をめざして東京都医師会が呼びかけ、8千人の医師による集会・デモが行われましたが、ドクターズウォークは日本の医師運動の中でそれに次ぐ規模となる半世紀ぶりの大運動です。
主催者を代表して植山医師は「日本の医療は危機を迎えている。医師不足をはじめ病院の経営も厳しく、国民皆保険も危うい状態だ。私たちは医療制度という病を治さなければならない」と呼びかけました。また、被災地の岩手、宮城、福島の医師たちから「震災で多くの医療スタッフの命が失われ、現地は今も戦場のような状況の中で這いずり回っている。医療過疎地への支援を続けてほしい」という切実な訴えがありました。

集会後は日比谷公園から東京駅までの銀座コースをパレードし、参加者たちは白衣を纏い、お手製のプラカードや横断幕を掲げて「震災復興における医療・介護面での国の責任による解決を」「医療費抑制政策から医療再生への転換を」と、医療崩壊の現状を多くの国民に理解してもらうため街頭の人々にアピールしました。
民医連企画にも参加
山梨民医連参加者は、ドクターズウォーク開催前に行われた民医連企画「医師として被曝者にどう向き合うか」と題した肥田舜太郎医師による学習講演に参加しました。肥田医師は1945年8月6日に広島で被爆し、医師として被爆者救援や医療に懸命に携わってきた経験から「当時、被爆者の治療はできたが研究や学会での発表は一切禁止されていた。治療にも限界があり、治らない病気と分かっていても病気と闘わせ生きる希望を与えてきた」と述べました。最後に全国の仲間へ向けて「福島の原発事故により大勢の人たちが新しい被曝者となって相談に来るだろう。そのときは必ず治療を施すだけでなく、人権を尊重し生きる希望を与える医師になってほしい」とエールを贈りました。
ドクターズウォークに医系学生4人が参加
11月20日(日)に行われたドクターズウォークには、山梨大学から医学生3人、看護学生1人が参加しました。学生たちはこの間、「震災復興・医療再生」をテーマに行われた宮城シンポジウム(9月開催)や11月10日の学習決起集会(講師:医師ユニオン代表・植山直人医師)に参加するなど学習の積み重ねを行ってきました。また、本企画の意義を伝える中で関心を持つ学生も広がり、山梨大学内の電子掲示板にお知らせを投稿したり、プラカードを作るなど、学生の自主的な動きも生まれました。

当日行われた肥田舜太郎医師の講演を聞いた学生は「感動した。病を治すだけでなく患者さんに寄り添う医療が大切だと思った」「(未知の現象と向き合う中で)薬の処方や診断ができなくても、医師としてできることがあると学んだ」と語り、医療の原点を学ぶ良い機会となりました。ウォーク本番ではプラカードや横断幕を持って沿道の人々にアピール。参加したA君(山梨大学医学科1年)は「(沿道の人々が)興味を示してくれた。変わるきっかけになれば」、Bさん(同3年)は「アピールしてやるぞ、という気持ちで歩いた。ウォークを見た人たちがどう思ったかまでは分からないけど医療に関わらない人はいないと思う。良い医療とは何か、今後も考えながら参加したい」と話すなど、これで終わるのではなく引き続く運動への意欲、必要性も確認することができました。今回、関心を持ちながらも参加できなかった医学生を含め、この間の取り組みを伝えながら今後の運動につなげていきたいと思います。(医学生委員会)

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